漆黒の虚空に豊かな色彩を描く

IN A SILENT WAY - MILES DAVIS MUSIC


まるで暗闇の水面を歩くかのように同じリズムとトーンを保ったまま、漆黒の虚空に豊かな色彩を描いていくような音楽です。電子楽器を効果的に使用していますから、いわゆる「モダンジャズ」>「マイルス」に固執して本作を購入した場合、まったく期待はずれに終わるでしょう。しかし「音楽から豊かな感性を得ること」>「マイルス」という感覚で入った方には素晴らしい体験が待っています。

『カインド・オブ・ブルー』に匹敵する「ここにしかない」音楽です。『カインド・オブ・ブルー』ではあのレコーディングに神が降りてきたという様相を呈しているのに対し、こちら『イン・ア・サイレント・ウエイ』の場合、マイルスが神になったという感覚を強く持ちます。アルバムジャケットの右下に「DIRECTIONS IN MUSIC BY MILES DAVIS」と記されていることにも意味を感じます。

マイルスはこう言っています。「頭の中で鳴っているサウンドに追いつくために電子楽器がどんどん増えていったが、それこそ、“マイルス・デイビス監督による音楽”が指し示すものだった」。それゆえこのオリジナリティはマイルスがその気になれば何作でもできたものでしょう。しかし、マイルスがこれ以降同じことをやらなかったため「ここだけ」のアルバムとなっています。

本作に関してはよく「フュージョンのさきがけ」などといわれます。このフレーズには疑問を感じるものの、これからマイルスを聴こうと思った若い方にとって購入の助けになるとも思えます。1960年代後半のアメリカは新しい音楽の波が押し寄せていました。ジミ・ヘンドリックス、スライ・アンド・ファミリー・ストーン、チャールス・ロイド、ジェームス・ブラウンなどが大ヒットを飛ばし、いわゆる「モダンジャズ」はメジャーな舞台から降りていました。

時代に呼応するかのように、1968年に60年代黄金のクインテット(マイルス、ショーター、ハービー、ロン、トニー)を解散したマイルスは、“頭の中に鳴っている”次の音楽へと歩を進めます。『IN A SILENT WAY』に参加した後代を知っている我々にとって豪華なメンバーを見れば、音楽を聴く前からどんな音が鳴るのか期待が膨らみます。

60年代黄金のクインテット以来の天才ドラマー、トニー・ウイリアムスが一定のビートを全編に渡って刻み続けます。トニーのトーンが音の響く場全体を覆い尽くして行くような感覚です。このドラムは奇跡的なかっこよさです。ベースのデイブ・ホランドはトニーにあわせてビートに厚みを加えていきます。エレクトリック・ピアノ3台、オルガン1台はトニーとデイブが作った場を崩すことなく、かつ自由に飛び交い、豊かなトーンを纏わせていきます。イギリスからマイルスが引っ張ってきたジョン・マクラフリンのギターは鍵盤にぴたっとついていきます。

すべての環境は整い、いよいよマイルスのソロです。いままで聴いたことのなかった新しいバリエーションが飛び出します。豊かです。暗闇の水面を歩くように他のメンバーが作り上げた響きの中に、マイルスが色彩を加えていきます。

ここにしかない完結したオリジナリティ。マイルスの他のアルバムとも比較したり、繋げる必要は全くなく、すべてが完璧に完成され、管制された1枚、『IN A SILENT WAY』です。

 

  1. SHHH/PEACEFUL(Miles Davis)18:17
  2. IN A SILENT WAY/IT’S ABOUT THAT TIME(J.Zawinul/M,Davis)19:53

 

レーベル:COLUMBIA
録音:1969年2月18日、ニューヨーク

 

  • Miles Davis:trumpet
  • Wayne Shorter:soprano sax
  • Joe Zawinul:electric piano
  • Chick Corea:electric piano
  • Herbie Hancock:electric piano
  • John McLaughlin:guitar
  • Dave Holland:bass
  • Tony Williams:drums
  • Produced by Teo Macero