マイルスロック!

A TRIBUTE TO JACK JOHNSON

少し前まで、白人のアメリカ移民たちは黒人に対して自分達を「優生種」と呼んでいました。黒人のボクサー、ジャック・ジョンソンが初めてヘビー級チャンピオンになった1908年は、当然のごとく白人移民による黒人差別がとても激しい時代でした。

黒人と白人は同じ土俵では戦えませんでしたから、圧倒的な強さのジョンソンであっても「世界黒人ヘビー級チャンピオン」に甘んじていました。これに対してジョンソンは、世界ヘビー級チャンピオンのカナダ人、トニー・バーンズ(白人)を世界中追いかけて公の場で罵倒し続け1908年12月26日、やっとリングに引きずり出すことに成功します。

ジョンソンはこの白人を圧倒し、完膚無きまでに叩き潰しました。崩れ落ちそうになると引きずり上げて叩きのめしました。

マイルスはライナーノーツにこう寄稿しています。

「1908年、ジャック・ジョンソンがヘビー級の世界最高峰に上り詰めたことがきかっけで、白人の嫉妬は爆発した。どういうことだか解るか? 勿論、アメリカに黒人として生まれたやつならば・・・? 誰でもそれがどんなことか知っている。1912年、ジョンソンがタイトルを防衛したジム・フリン戦の前日は、こんな手紙が届いたそうだ。「明日はリングに倒れろ、さもないと首吊りだぞ ーーー クー・クラックス・クランより」だとさ!」

ジョンソンはそんなアメリカでも酒も女も放埒に自由に振る舞いました。身体だけでなくすべてが強い人だったのでしょう。こんな偉大なチャンピオンを描いた映画にマイルスがよくない音楽を提供するはずがありません。

史上最強のロックです(カテゴリーとしてのロックというより、言葉の響き)。ジョン・マクラフリンのギターはとてつもなくかっこよくかつクールで知的、ビリー・コブハムのロックなドラムもしびれます。マイルスのソロは気持ちの入った完璧なメロディーを奏でています。

1曲目の「RIGHT OFF」はアップテンポの攻撃的な曲で最初から最後まで完璧にキマっています。18分30秒過ぎには歴史に残るフレーズが飛び出します。マクラフリン、ヘンダーソン、コブハムによる伝説的なフレーズはマイルスもしびれさせたようで、これ以降、幾度もマイルスの演奏に登場します。

2曲目「YESTERNOW」は一気に静寂感ただようトーンに切り替わります。『イン・ア・サイレント・ウエイ』のフレーズが出てくることでも有名です。マイルスはこの時期、頻繁にレコーディングを繰り返していましたから、その音源を名プロデューサーであるテオ・マセロが魔法のような技術で仕立て上げました。本当に編集によってこのような曲ができるとはにわかには信じられません。

マイルスが1曲目の作曲クレジットに「T.Macero」と入れています。これはとても珍しい。このアルバムに関してはマイルスがテオ・マセロの活躍をそれだけ評価したということでしょう。

本作『A TRIBUTE TO JACK JOHNSON』はマイルスのアルバムの中でもかなりストレートにロックしており、あまりに完成度の高いものです。同じコンセプトのものをマイルスがこれ以降つくらなかったのは、『イン・ア・サイレント・ウエイ』と同じように、最初にしてあまりに完璧に出来てしまったためではないかと思います。

ジャック・ジョンソンもマイルスも最高です。

  1. RIGHT OFF(T.Macero-M.Davis)26:50
  2. YESTERNOW(M.Davis)25:33

レーベル:COLUMBIA
録音:1970年2月18日、4月7日、ニューヨーク

  • Miles Davis:trumpet
  • Steve Grossman:soprano sax
  • Herbie Hancock:keyboard
  • John McLaughlin:guitar
  • Bennie Maupin:bass clarinet(2)
  • Sonny Sharrock:guitar(2)
  • Michael Henderson:bass
  • Dave Holland:bass
  • Billy Cobham:drums
  • Jack Dejohnette:drums(2)
  • Produced by Teo Macero