そのままのマイルスがいる唯一無二の作品

GET-UP-WITH-IT

1974年5月24日、音楽の巨人デューク・エリントンが死去し、マイルスは本作のジャケットに「FOR DUKE」と記しました。マイルスは他の音楽についてもジャンルを問わずとてつもなく鋭い耳を持ち、時々に賛辞を惜しまない人ですが、エリントンに関しては別次元の存在だったようです。

エリントンを「A列車で行こうのビッグバンドの人だよね」と簡単に考えていたら人生の損失です。とはいえあまりの巨人ぶりになかなか手がでない方も多いのではないでしょうか? あまりに多いそのアルバムに筆者もその昔レコード店で足がすくんだものです。

最初に手を出したのは、モダンジャズ好きだったこともあってピアノ・トリオの『MONEY JUNGLE』でした。音楽が鳴り始めた瞬間、その恐ろしさに背筋に衝撃が走り、言葉も出ませんでした。まったく予想不可能なフレーズ、無常を切り裂いて行くかのような凄みがあります。次に『ニューオリンズ組曲』を聴いたとき、ジャズがうみだした才能あるアーティス達はすべてエリントンの子供たちなのではなかと思ってしまったほどです。

エリントンを敬愛していたマイルスはバンドに誘われたことがあります。その時の興奮を自叙伝にてこのように語っています。本作の魅力を高めるためには必要な文章のため、長いですが引用します。

「なんと巨匠デューク・エリントン本人が、オレのやっていること、1948年の演奏を気に入って、会いたいと言って使いの者をよこしたんだ。ステージのデュークは見たことがあったし、レコードも全部聴いてはいたが、一度も話したことがなかった。音楽も、態度も、スタイルも、すべてを敬愛していた。だから、使いの者がやって来た時は、本当に有頂天になってしまった。
~中略~
デュークはオレを気に入っていて、服装や物事への対処の仕方にも感心してるって言うじゃないか。自分のアイドルの口から出た言葉は、22歳の小僧っ子にとっては大変なものだった。
~中略~
彼が言うには、秋にやるイベントの計画の一部にオレが入っていて、ぜひ楽団に加わってほしいと言う。この誘いには、本当にまいった。もううれしくて、また有頂天になった。最高のビッグ・バンドに、オレのアイドル本人が入ってくれと頼んでいるんだからな。オレのことを考えてくれた、演奏を聴いてくれた、しかも気に入ってくれた。まさに驚きでしかなかった。」

そして、本作『ゲット・アップ・ウイズ・イット』。マイルスの核心も、革新もすべてがありのままのマイルスとしておさめられているような作品です。まずはこのジャケット。一切の文字を排し、マイルスの写真のみとしています。まるで抽象画のように加工された写真は、写真という複写を超えて絵画のように美しく仕上がっています。マイルスの表情もまた、素の雰囲気を漂わせています。

本作『GET UP WITH IT』は、他のどのアルバムとも違っています。マイルスが持つ優しさとか激しさ、自身のルーツといったものを感じさせてくれます。マイルスの繊細で音楽に対する敬意に溢れた人間性をアルバムにまとめるというコンセプトがあったのではないかと、勝手に憶測してしまいます。個人的には「マイルスとは」と聴かれたら『ゲット・アップ・ウイズ・イット』と答えたい衝動に駆られます。

1曲目、32分にも及ぶ「HE LOVED HIM MADLY」は、エリントンへの追悼を歌い上げたスローなナンバー。エリントンを聴いたことがなくとも素晴らしく深遠な曲ながら、エリントンを少しでも聴いていればその魅力は倍増します。

2曲目、マイルスはトランペットとオルガンを演奏しています。春の穏やかな海風のように爽やかなリズムに乗って、レジー・ルーカスのリズムギターが小気味よく響きます。10分を過ぎたあたりからうねりが加わり、曲は濃度を増していきながらフィニッシュします。

この後、曲が進むにつれてファンク、ブラックが強くなります。アフリカ民族の血と世界のトップシーンを走って来た音楽の知識と経験が溶け合っていくような唯一無二の音楽が展開されていきます。マイルスがよく「黒人にしか出せない音がある」というようなことを言っていたのを思い出します。

6曲目にはハーモニカを入れての思い切りモータウンブルースがきます。しかしここでもやはりマイルスはただのモータウンブルースはやりません。曲を短めの4分7秒とし、ブルージー&ファンキーな全体にクールで知的に構成したトランペットソロを入れることで、音楽を高次元へと誘います。そして最後の8曲目は身体の中で踊るかのような、力を内に込めたファンク。

本作『GET UP WITH IT』は1970年~1974年までに録音された音源を使用してまとめられた、「マイルス・デイビス」という人そのままを感じられる他にはないアルバムです。マイルスがどうしてこういうものを出そうと思ったのか、その動機は知る由もありません。デューク・エリントンという偉人の死がマイルスに何かの影響を及ぼしたのかもしれません。

  1. HE LOVED HIM MADLY(M.Davis)32:13
  2. MAIYSHA(M.Davis)14:51
  3. HONKY TONK(M.Davis)5:53
  4. RATED X(M.Davis)6:51
  5. CALYPSO FRELIMO(M.Davis)32:05
  6. RED CHINA BLUES(M.Davis)4:07
  7. MTUME(M.Davis)15:09
  8. BILLY PRESTON(M.Davis)12:36

レーベル:COLUMBIA

〈1〉 HE LOVED HIM MADLY

  • Miles Davis:trumpet
  • Dave Liebman:alto flute
  • Pete Cosey:guitar
  • Reggie Lucas:guitar
  • Dominique Gaumont:guitar
  • Micheal Henderson:electric bass
  • Al Foster:drums
  • Mtume:percussion

録音:1974年6月19日、20日、コロンビアスタジオ

〈2〉MAIYSHA

  • Miles Davis:trumpet,organ
  • Sonny Fortune:flute
  • Pete Cosey:guitar
  • Reggie Lucas:guitar
  • Dominique Gaumont:guitar
  • Micheal Henderson:electric bass
  • Al Foster:drums
  • Mtume:percussion

録音:1974年10月7日、20日、コロンビアスタジオ

〈3〉HONKY TONK

  • Miles Davis:trumpet
  • Cedric Lawson:fender rhodes electric piano
  • Reggie Lucas:guitar
  • Khalil Balakrishna:electric sitar
  • Micheal Henderson:electric bass
  • Al Foster:drums
  • Mtume:percussion
  • Badal Roy:tabla

録音:1970年5月19日、コロンビアスタジオ

〈4〉RATED X

  • Miles Davis:organ
  • Cedric Lawson:fender rhodes electric piano
  • Reggie Lucas:guitar
  • Khalil Balakrishna:electric sitar
  • Micheal Henderson:electric bass
  • Al Foster:drums
  • Mtume:percussion
  • Badal Roy:tabla

録音:1972年9月6日、コロンビアスタジオ

〈5〉CALYPSO FRELIMO

  • Miles Davis:trumpet,electric piano,organ
  • Dave Liebman:flute
  • John Stubblefield:soprano sax
  • Pete Cosey:guitar
  • Reggie Lucas:guitar
  • Micheal Henderson:electric bass
  • Al Foster:drums
  • Mtume:percussion

録音:1973年9月17日、コロンビアスタジオ

〈6〉RED CHINA BLUES

  • Miles Davis:trumpet
  • Wally Chambers:harmonica
  • Cornell Dupree:guitar
  • Micheal Henderson:electric bass
  • Al Foster:drums
  • Bernard Purdie:drums
  • Mtume:percussion
  • Wade Marcus:brass arrangement
  • Billy Jackson:rhythm arrangement

録音:1972年3月9日、コロンビアスタジオ

〈7〉MTUME

  • Miles Davis:trumpet,organ
  • Pete Cosey:guitar
  • Reggie Lucas:guitar
  • Micheal Henderson:electric bass
  • Al Foster:drums
  • Mtume:percussion
  • Sonny Fortune:flute

録音:1974年10月7日、コロンビアスタジオ

〈8〉MTUME

  • Miles Davis:trumpet,organ
  • Pete Cosey:guitar
  • Reggie Lucas:guitar
  • Micheal Henderson:electric bass
  • Al Foster:drums
  • Mtume:percussion
  • Sonny Fortune:flute

録音:1974年10月7日、コロンビアスタジオ