巨大な音とリズムの塊
まずはジャケットの印象をそのままイメージしておけば、違和感なく聴けるはずです。過激なパワーとリズムがマイルスの知性によって融合されていく過程を楽しめる、最高の音楽です。
それなのに、『ライブ・イビル』に引き続き、発売当時評論家にこき下ろされました。多くのジャズファンも同じような感じだったでしょう(いまでもそうですから)。こんな感じです。
「ひょっとして延々と繰り返されるただの退屈なのでは? マイルスの演奏自体は1950、60年代とそれほどかわっているわけではない。~中略~ウェルディングのレヴューには、次のアルバムで有無を言わせぬ答えを出してくれるはずと書いてある。残念だったね、ピート。また今度っていうのはどう?」(『ダウンビート』誌1973年3月29日号)
※最後のあたりは、『ライブ・イビル』をこき下ろしたピート・ウェルディングのことです。
なんなんだ! こいつは!と怒鳴りたくなってしまいました。嫌味たっぷりのノーブルぶった評論に吐き気がします。マイルスが評論家をとても嫌ったのもよーーーくわかります。時すでに1972年。ジミヘン、スライ、ビートルズ、ストーンズ、ジョン・ケージの音楽だって世界中にあったはず。だいたいこの手合いは感性というものが徹底的に欠如しているのです。
マイルスの演奏が昔と基本的に変わってない、などということは本作の魅力を一切伝えていません。この時点のマイルスにとってはマイルス自身が吹こうが吹くまいが、究極のオリジナリティを持つマイルス・デイビス ミュージックなのです。もし書く必要があるとすれば、そこを伝えるべきでしょう。そんなこともわからないようなら、書くのはやめてほしい。聴き手の害となるからです。
だからマイルスは『ON THE CORNER』制作にあたって、出演者のクレジットをレコード会社に送らなかったのでしょうか? 結局いろいろと周囲がタレ込んで掲載されてしまいましたが、もし本作に文字が一切なかったらもっとかっこよかったでしょう。
さて、我々良識ある聴き手は、感性の欠如した声は完全無視しましょう。『ON THE CORNER』は最高です。
多様なリズムが般若心経を読経しているかのように襞となって折り重り圧倒的なパワーの塊になっていきます。ソロパートは少なく、時折メンバーの感覚を揃えるかのようにマイルスの素晴らしいソロが入ります。それぞれの楽器のボリュームは平らにされ、塊としてのパワーを全開にする効果を生み出します。
ひとつひとつの音、リズムの襞はとても精度が高く、それがいくつもいくつも折り重なってくるわけですが、これをマイルス監督が完璧に制御していきます。徐々に音、リズムが塊となっていく感覚こそ本作の最大の魅力、たまらない音楽体験としかいえません。
- ON THE CORNER / NEW YORK GIRL / THINKIN’ OF ONE THING AND DOIN’ ANOTHER / VOTE FOR MILES(M.Davis)19:56
- BLACK SATIN(M.Davis)5:15
- ONE AND ONE(M.Davis)6:09
- HELEN BUTTE / MR.FREEDOM X(M.Davis)23:18
- Miles Davis:trumpet
- Dave Liebman:soprano sax(1)
- Carlos Garnett:soprano sax(2),tenor sax(4)
- Bennie Maupin:bass clarinet(2)
- John Mclaughlin:guitar(1)
- David Creamer:guitar(2,3,4)
- Herbie Hancock:fender rhodes,synthesizer
- Chick Corea:fender rhodes
- Harold “Ivory” Williams:organ,synthesizer
- Micheal Henderson:bass
- Colin Walcott:electric sitar(1,3,4)
- Billy Hart:drums
- Jack Dejohnnette:drums
- Al Foster:drums
- Khalil Balakrishna:electric sitar(2)
- Badal Roy:tabla
レーベル:COLUMBIA
録音:1972年6月1日(1)、1972年6月6日(3、4)、1972年7月7日(2)、ニューヨーク
Original Recordings Produced by Teo Macero
Cover Art by Corky McCoy