この音、この音楽、この感動! ただストレートに受け入れればいい

 

BITCHES-BREW

 



前作『イン・ア・サイレント・ウエイ』に続いての本作『BITCHES BREW』です。それぞれにまったく異なる音楽として傑作です。これほどの傑作アルバムを立て続けに出されては、驚きを通り越してもはや黙って買うしかありません。

当時のマイルスファンもそうだったのでしょう、アメリカでゴールド・ディスクとなり、ビルボートトップ40入りを果たしました。※現行の2枚組CDに収録されているボーナストラック(フェイオ)は1970年に録音されたまったく別の曲ですから完全無視しましょう。

筆者が本作を聴く時の姿勢を喩えるとこんな感じです。
海や山、紅葉から樹々の葉が持つ美しい様など自然の美しい情景を見るとき、そこには何一つとして同じものがないという怪物的な複雑さ(無常)がとてもシンプルな形で存在し、我々の脳に「美しい」というストレートな感動を与えてくれる。

『BITCHES BREW』も同じです。
JAZZであるとかないとか、ロックやファンクの要素が入っているとかいないとか、電子楽器か否かなどなど様々な評論から耳を解き放ち『BITCHES BREW』を自然に聴けばよいのです。

このアルバムでマイルスがやっていることを評論家のように分類・分析する必要はありません。そうなってしまうと、これまで先人達が積み重ね、マイルス・デイビスという巨大な音楽家が全知全能をかけて創造したこの音楽は、怪物的な複雑さを持つ恐ろしいものとなり、高度な専門家以外は理解できないものになってしまいます。

しかし、聴衆という特権を与えられた我々は開かれた感性で素直に聴けばよいのです。マイルスという音楽家は、そこに直接届くように創ってくれています。感性を開いてさえいれば『BITCHES BREW』はストレートな感動を与えてくれる美しい自然へと変貌します。

1968年にマイルス、ウエイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウイリアムスからなる60年代黄金のクインテットを建設的に解散したマイルスは、ジョー・ザビヌル、チック・コリア、ジョン・マクラフリン、デイブ・ホランド、ジャック・デジョネットなどの新メンバーを構成し、本作を作り上げました。

マイルスは本作の制作について自叙伝において以下のように語っています。

「2ビートのコードを書き、2ビートの休止にして、1、2、3、ダダン(one,two,three,,da-dum)とやる。いいか、そして4拍目にアクセントを置くんだ。最初の小説には、コードが3つあったかもしれない。とにかくミュージシャンには、思うままに何を演奏してもいいから、今やったように、これだけはコードとして演奏しろと指示した。そのうちに、みんなも何ができるのかを理解してきて、それで生まれたのが「BITCHES BREW」だった。コードだけを基に演奏したんだが、すごく多くのことが含まれているように聞こえるだろ。」(「マイルス・デイビス自叙伝2」宝島社、以下同)

ここからわかることは、マイルスだけはすべてを見とおし、ストーリーと仕上がりをすべてイメージしていたということです。よく予定調和のないジャムセッションといわれることもありますが、それは、マイルスが他のメンバーにそうさせただけでしょう。

レコーディングは1969年の夏、8月19日、20日、21日の3日間にわたり朝から晩まですべての演奏を録音するという形で行われました。マイルスも大変満足を感じていたようで「あの夏の3日間というもの、毎日スタジオから帰る時には、全員がすごく興奮していた。」と振り返っています。

1曲目から6曲目に向かって徐々に深い感動の渦へと巻き込まれて行きます。1曲目から押し寄せるマイルス・デイビス ミュージックのオリジナリティに感動するばかりです。マイルスのソロにポイントを置いてみてください。

マイルス一人がわかっている状態で不安を漂わせつつ始まる1曲目、2曲目は電子ピアノによるカラーリングによって最初から最後までかっこよくきまっています。

3曲目は何度もじっくり聴いて欲しい凄まじい1曲。「スパニッシュ・キー」というタイトルに相応しくスペイン風の色合いを帯びながら音の、リズムの一つ一つが、身体中の血に直接訴えかけてくるような曲。この曲に限らず本作を楽しむには、メロディーだけ口ずさむようにといった大雑把な聴き方だと絶対楽しめません。血がたぎりません。一つ一つの音、フレーズ、リズムをそれぞれ楽しむような感覚で聴くのがコツです。

4曲目はちょっと休んで、ファンクな5曲目へ。少ない音で引きすぎずに感情を盛り上げるファンキーなジョン・マクラフリンのギターが素晴らしい。ギターとピアノは引きすぎることが多いですが、さすがマイルス監督、そんなことはさせません。そして後半10分30秒くらいから始まるソロにおいて、マイルスが恐ろしいフレーズを繰り出しショーターもそれに続きます。まったく完全に新しい! こんなソロ、いままで地球上のどこかにあったかな? 未体験ゾーンです。卒倒しそう。

いよいよ最後の6曲目、電子ピアノのつくる静けさ漂う水面をマイルスのソロがすべります。5曲目のソロで卒倒しそうな聴き手を落ち着かせてくれているのかもしれませんが、これまたドキドキしてしまいます。徐々にクールに盛り上がり、途中にまたピアノの水面をマイルスのソロがすべり、聴き手に鎮静剤を打つかのように適度な盛り上がりながらアルバムは最後を迎えます。

激動と変化の60年代、ベルリンの壁建設、キューバ危機、ベトナム戦争、キング牧師暗殺事件、パリ5月革命、ケネディ暗殺など大きな出来事は枚挙にいとまがありません。音楽の世界も同様に変化が激しく、ビートルズが世界的な現象となり、ジミ・ヘンドリックス、スライ&ファミリーストーン、ボブ・ディランといったロックやファンクのレコードが、爆発的な売上となっていました。

そんな時代にどんな音楽を発するべきか、というマイルスの答えが本作だという感じがします。時代の感性がすべてマイルスによって本作に封じ込められ、聴衆の感性に直接響く音楽となっているのです。

前作『イン・ア・サイレント・ウエイ』との連続性や、フュージョンの先駆けといった指摘を見聞きしますが、どこをどう聴くとそういう発言になるのか、何度聴いても私にはまったく理解できません。

  1. PHARAOH’S DANCE(J.Zawinul)20:06
  2. BITCHES BREW(M.Davis)27:00
  3. SPANISH KEY(M.Davis)17:33
  4. JOHN McLAUGHLIN(M.Davis)10:58
  5. MILES RUNS THE VOODOO DOWN(M.Davis)14:03
  6. SANCTUARY(W.Shorter)10:58

レーベル:COLUMBIA
録音:1969年8月19日、20日、21日、ニューヨーク

  • Miles Davis:trumpet
  • Wayne Shorter:soprano sax
  • Bennie Maupin:bass clarinet
  • Joe Zawinul:electric piano(Left)
  • Chick Corea:electric piano(Right)
  • Larry Young:electric piano(Center1,3)
  • John McLaughlin:guitar
  • Dave Holland:bass
  • Harvey Brooks:bass
  • Lenny White:drums(Left,omit-5)
  • Jack Dejohnette:drums(Right)
  • Don Alias:drums(Left-5),congas
  • Billy Cobham:drums(Left)
  • Jim Riley:shaker(5),congas
  • Airto Moreira:cuica,percussion
  • Produced by Teo Macero

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