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都会の孤独、街の絶望

MY-FUNNY-VALENTINE

『MY FUNNY VALENTINE』は「孤独」と「絶望」です。太平洋ひとりぼっちではありません。都会の孤独と街の絶望を聴きたいとき本作を選んでください。孤独を味わおうという気がないなら、他のアルバムをあたってください。

マイルスはボクシングに傾倒し、自分自身もハードなトレーニングを積んでいたようです。ボクシングが人を惹き付けるのは、その孤独です。リングの外には人が大勢いても、四角いリングには自分と相手だけです。陳腐な表現ですが、我々みな同じでしょう。周囲にはうじゃうじゃ人がいて、街を歩けば人間の臭いがくさくて仕方ありません。それでも、その中に自分の不利を背負ってまで味方となる人などきっといないでしょう。突き詰めれば、信じられるのは自分だけです。

マイルス以外の偉大なアーティストの名前を少し挙げてみます。デューク・エリントン、チャーリー・パーカー、サッチモ、グレン・グールド、ビートルズ、マイケル・ジャクソン…。どのアーティストの曲からも孤独を感じることができます。きっと「孤独」は良い音楽に必要な要素の一つなのでしょう。逆に言うと、孤独を感じない人にはやるにしても聴くにしても音楽は要らないということになるのでしょうか? これはわかりません。

日本人にとって本作のタイトルは誤解を招きやすい。「これからマイルスを聴いてみよう」と思っている幸運な人は、タイトルでイメージを持たないようにしてください。『MY FUNNY VALENTINE』などというタイトルを付けられると、「メロウで甘いジャズかな?」と思ってしまうでしょうが、これは大きな間違いです。

本作の魅力を広げることを主題としていない日本語ライナーノーツの日野皓正インタビューはいまいち。彼は素晴らしいミュージシャンでしょうが、ここでは「オレが、オレが」が安っぽくて鬱陶しいだけです。このアルバムを聴く人は「オレはマイルスにため口がきけるほど親しい日野だぞ!」ということを知りたいのではなく、本作の解釈を広げて欲しいだけなのですから。

本作は同じ日のライブを2枚に分けて発売されたうちの1枚。もう1枚は『フォー&モア』であり、こちらは空気を切り裂いてノリまくるマイルスが聴けます。メンバーは双方とももちろん同じ。マイルスのトランペット、ジョージ・コールマンのテナーサックス、ハービー・ハンコックのピアノ、ロン・カーターのベース、ドラムのトニー・ウィリアムスです。

『MY FUNNY VALENTINE』は1曲目のタイトル曲が最大の聴き所。マイルスは孤独と絶望をどこまで感じて表現することができるのか、その暗闇に恐ろしくなります。マイルスとともに最大級の好演を繰り広げるハービー・ハンコックのソロに感極まった観客が大きな声を上げます。本作に関する評論では「ここが最高潮。この感極まった声がステージの魅力をあらわしている」と褒めたたえますが、何のことかわかりません。

観客の感極まった声など無駄で無用です。折角の孤独に邪魔が入ります。雑音です。孤独を味わい尽くすのがこの曲の楽しみです。孤独の暗闇の底へ底へと入って行く感覚がたまらないのです。そしてそれは自分一人での道程でなくてはいけません。道連れがいては台無しです。だから声を消して欲しかった。

ハンコックのプレイが最高であることのひとつの表出としてはわかりますが、こんな声がなくともミディアムテンポで映えるハンコックのプレイが最高であることはわかりすぎるほどわかります。3曲目にもまた観客の声が入っています。違うアルバムならまだしも、このアルバムからは永久に消し去りたいものです。

2曲目は若干暗闇の深度が浅くなるものの、再び孤独に引きづりこまれ、4曲目も最高です。5曲目もまた孤独の世界に戻って最高の1枚が終了します。できれば、聴き終わった後もしばらくは誰とも会わない状態でいられるところで、独りで聴きましょう。

  1. MY FUNNY VALENTINE(L-Hart-R.Rodgers) 15:06
  2. ALL OF YOU(C.Porter)14:55
  3. STELLA BY STARLIGHT(N.Washington-V.Young) 13:01
  4. ALL BLUES(M.Davis) 8:56
  5. I THOUGHT ABOUT YOU(M.Davis)11:14

レーベル:COLUMBIA
録音:1964年2月12日、リンカーンセンター、フィルハーモニック・ホール、ニューヨーク

  • Miles Davis:trumpet
  • George Coleman:tenor sax
  • Herbie Hancock:piano
  • Ron Carter:bass
  • Tony Williams:drums

[:en]

都会の孤独、街の絶望

MY-FUNNY-VALENTINE

『MY FUNNY VALENTINE』は「孤独」、「絶望」です。太平洋ひとりぼっちではありません。都会の孤独と街の絶望を聴きたいとき本作を選んでください。孤独を味わおうという気がないなら、他のアルバムをあたってください。

マイルスはボクシングに傾倒し、自分自身もハードなトレーニングを積んでいたようです。ボクシングが人を惹き付けるのは、その孤独です。リングの外には人が大勢いても、四角いリングには自分と相手だけです。陳腐な表現ですが、我々みな同じでしょう。周囲にはうじゃうじゃ人がいて、街を歩けば人間の臭いがくさくて仕方ありません。それでも、その中に自分の不利を背負ってまで味方となる人などきっといないでしょう。突き詰めれば、信じられるのは自分だけです。

マイルス以外の偉大なアーティストの名前を少し挙げてみます。デューク・エリントン、チャーリー・パーカー、サッチモ、グレン・グールド、ビートルズ、マイケル・ジャクソン…。どのアーティストの曲からも孤独を感じることができます。きっと「孤独」は良い音楽に必要な要素の一つなのでしょう。逆に言うと、孤独を感じない人にはやるにしても聴くにしても音楽は要らないということになるのでしょうか? これはわかりません。

日本人にとって本作のタイトルは誤解を招きやすい。「これからマイルスを聴いてみよう」と思っている幸運な人は、タイトルでイメージを持たないようにしてください。『MY FUNNY VALENTINE』などというタイトルを付けられると、「メロウで甘いジャズかな?」と思ってしまうでしょうが、これは大きな間違いです。

本作の魅力を広げることを主題としていない日本語ライナーノーツの日野皓正インタビューはいまいち。彼は素晴らしいミュージシャンでしょうが、ここでは「オレが、オレが」が安っぽくて鬱陶しいだけです。このアルバムを聴く人は「オレはマイルスにため口がきけるほど親しい日野だぞ!」ということを知りたいのではなく、本作の解釈を広げて欲しいだけなのですから。

本作は同じ日のライブを2枚に分けて発売されたうちの1枚。もう1枚は『フォー&モア』であり、こちらは空気を切り裂いてノリまくるマイルスが聴けます。メンバーは双方とももちろん同じ。マイルスのトランペット、ジョージ・コールマンのテナーサックス、ハービー・ハンコックのピアノ、ロン・カーターのベース、ドラムのトニー・ウィリアムスです。

『MY FUNNY VALENTINE』は1曲目のタイトル曲が最大の聴き所。マイルスは孤独と絶望をどこまで感じて表現することができるのか、その暗闇に恐ろしくなります。マイルスとともに最大級の好演を繰り広げるハービー・ハンコックのソロに感極まった観客が大きな声を上げます。本作に関する評論では「ここが最高潮。この感極まった声がステージの魅力をあらわしている」と褒めたたえますが、何のことかわかりません。

観客の感極まった声など無駄で無用です。折角の孤独に邪魔が入ります。雑音です。孤独を味わい尽くすのがこの曲の楽しみです。孤独の暗闇の底へ底へと入って行く感覚がたまらないのです。そしてそれは自分一人での道程でなくてはいけません。道連れがいては台無しです。だから声を消して欲しかった。

ハンコックのプレイが最高であることのひとつの表出としてはわかりますが、こんな声がなくともミディアムテンポで映えるハンコックのプレイが最高であることはわかりすぎるほどわかります。3曲目にもまた観客の声が入っています。違うアルバムならまだしも、このアルバムからは永久に消し去りたいものです。

2曲目は若干暗闇の深度が浅くなるものの、再び孤独に引きづりこまれ、4曲目も最高です。5曲目もまた孤独の世界に戻って最高の1枚が終了します。できれば、聴き終わった後もしばらくは誰とも会わない状態でいられるところで、独りで聴きましょう。

  1. MY FUNNY VALENTINE(L-Hart-R.Rodgers) 15:06
  2. ALL OF YOU(C.Porter)14:55
  3. STELLA BY STARLIGHT(N.Washington-V.Young) 13:01
  4. ALL BLUES(M.Davis) 8:56
  5. I THOUGHT ABOUT YOU(M.Davis)11:14

レーベル:COLUMBIA
録音:1964年2月12日、リンカーンセンター、フィルハーモニック・ホール、ニューヨーク

  • Miles Davis:trumpet
  • George Coleman:tenor sax
  • Herbie Hancock:piano
  • Ron Carter:bass
  • Tony Williams:drums

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